stuffS4 - みのわマック

みのわマック

minowamac
コンテンツに移動します
 8、9のステップ、埋め合わせについてですよね。
 
 酒を飲んできた中で、多少は周りに迷惑をかけていた、傷つけてきた、というのはあったけど、棚卸しをしてみたら、とんでもないわけですよね。多少どころじゃない、色んなところから心配されたり、傷つけたり迷惑をかけてきたりしてきましたね。
 
 特に家族が一番ですよね。やっぱり一番、傷つけたな、と思うんです。
 
 自分が棚卸しをしたときに――いろいろ箇条書きで書き出して、いろんな出来事を記録していたのをステップ4、5で使ったんですけど――そのとき、一番はもちろん家族なんですけど、自分の親兄弟だったり、職場の人たちだったりね。でも、それだけじゃないんですよね。
 
 自分がかなり酷(ひど)い状態の時に――埼玉から東京へ仕事で通ったんですけど――大体、帰りの電車は終電とかになっちゃうんですけどね、よく電車の中で・・・大体、自分は泥酔しちゃってから、訳の分からない状態で電車に乗っていましたからね。
 
 そういう中で、けっこう不特定多数というか、色んな人にも迷惑をかけたなあ、と思いますね。よく電車に乗って――山手線とかによく乗ったんですよね。終電に間に合わなくなって帰れなくなって、一晩中飲んで、始発ごろの山手線に乗って寝ていたんですよね。座席に横になって。
 
 ふと気が付くと通勤時間帯になっていたんだけど、目を開けてみると、人が遠巻きにしてるんだよね。「何だろう?」と思って見てみると、もどしたりしてるんだよね、電車の中で。そんなこともあってね。
 
 本当に、特定の人とかじゃなくて、そういう色んなところに迷惑をかけているな、って気が付きましたね。
 
 仕事をしてる頃もそうなんですけど、いつの間にか、飲みながら仕事をするようになってましたね。最終的には、飲まないと仕事にならない状態になってね、職場の人にもずいぶん迷惑をかけましたね。上司とか、同僚とか。
 
 当時、ほとんど二日酔いのような状態で――まだ、その頃は若いから結構、そんな状態でも仕事には行けていたんですよね。まあ、それもいま思い返すと、自分では仕事をしていたって思ってましたけど、あまり仕事になってなかったんじゃないかな。
 
 それで時々、上司から「Sさん、朝からいい匂いがするね」とか言われてね、「いやー、ちょっと飲み過ぎて」とかね。そんなことが度々ありましたね。
 
ある時なんか、「Sさん、ちょっとおかしいよ」って言われた。「二日酔いで、朝匂いがする人はいるけど、夕方になると匂いが強くなるね」とか言われてね。その頃は、もう飲みながら仕事をしないと、仕事が出来ないような状態だったんでね。あれは今考えると本当に、周りの人は迷惑だったよね。
 
 仕事だってとりあえず、仕事をしているような恰好はしているけど、ちゃんとした仕事は出来なかったでしょうね。そういう面でも、迷惑をかけていますね。
 
 自分では一生の仕事としてやっていこうと思っていた仕事が、そういう状態ですから最終的には出来なくなっちゃってね。
 
色々、理由付けしてましたけど本当のところは、飲み過ぎて手が震えだしてもう仕事にならないわけですよね。そういう状態で、辞めてしまう、ということになりました。
 
その辺から、病気の進行が早かったですよね。
 
 当然その頃にはブラックアウトも度々、起こっていてその中で、どういうわけか――たまには一人で夜明かしすることもありましたけど――不思議と家には帰っていたんだよね。
 
 家に帰って次の朝、目が覚めるんだけど・・・いろんなことがありましたね。
 
途中でカバンを失くしてきたり、着ているものが泥だらけになってたり、もっと酷いのは、自分ではケガもしていないのに、ワイシャツに血が付いてる、ってことがあるんですよね。
 
だけど「どうしてそういう風になったか?」っていうことは記憶にないんですよね。
 
恐ろしかったですね。「何があったんだろう?」って。本当にいろいろ迷惑をかけましたね。
 
 それで、やっぱり一番、埋め合わせが必要だったのは――職場の人もそうですよね。自分の性格の悪さというか、同じ職場で――自分は11年くらいその職場に勤めていたんですけど、30人くらいが一つのフロアに勤めていて、その中に一人、最後の方では自分の方から全然、口もきかない、無視していた人がいたんですよ。「なんでそんな風になっちゃったのかな?」と棚卸しの時に見てみたら、その人はお酒が飲めない人だったんですよ。いますよね、そういう人が。それで会社で何人かで集まってよく酒飲みをする職場だったんで、最初は、そういう仲間に入らないから「なんだ、酒も飲めないのか!」って思っていたところから始まっているんですよね。「酒の付き合いくらい出来なきゃ男じゃない!」とかね。
 
そういうのが積ってきて段々、口もきかなくなるとか、顔を合わせれば意識して背けるようにしたりとかね。
 
 当時、自分がそういう態度をとったのは、相手が悪いと思っていたんですよね。「付き合いが悪いからだ!」とかね。だけど、よく考えてみたら、それは自分の勝手な考え方で、ずいぶんとあの人は傷ついたでしょうね。
 
 やっぱり一番の原因は何かって言うと、「お酒が飲めない人とは一緒に付き合いが出来ない」っていうこと。それからもう一つは、「妬み」ですよね。仕事が出来る人だったからね。
 
 そういう、自分の悪いところがもろに出ちゃって、本当に、傷つけちゃいましたね。
 
 それと職場の人は、その人だけじゃなくてね、最初は何人かで飲んでましたが、そのうちに、一人で飲むようになりましたよね。段々、自分の方から離れていった、というかね。
 
「Sさん、あんたと飲むのはイヤだよ。キリがないんだもの」って、よく言われていたんですけどね。そんなこと言われるより一人で飲んだ方が気が楽だ、となってね。
 
 自分で離れていったつもりでしたけど実は、みんなの方が離れて行っていたわけですよ。
 
そういうことも、後から分かって、やはり相手の問題じゃなくて自分の問題だな、って。
 
 色んなところに迷惑をかけたり傷つけたりしましたけど、一番は家族ですよね。
 
 自分が25歳で結婚して、28歳で長女が生まれて・・・まだ、その頃はそんなにひどい飲み方はしていなかったんですけど、そこから――当然、毎日飲んではいましたけど、子供ができてからは、色々と計画していたことが・・・自分は夜間の専門学校で勉強したり、女房も洋裁の勉強しよう、ということで学校にも行っていたんですけど、子供ができちゃったからね。女房も学校を辞めなくちゃならなくて――だんだん子供に係らなきゃならなくてね。
 
 いま考えると、自分の幼稚さというか・・・女房に対して、奥さんというより母親という感覚があった気がするんです。だから、依存しちゃうんですよ、いろいろと。でも、子供ができてから女房はだんだん子供の方にいきますから、そんなこともあって、飲む量が増えてきたような気がします。もちろん、それは理由にはならなくて「病気の症状だったんだ」って今では分かりますけども。でも、そういうことを都合のいい理由にして飲んでました。
 
結局、若かったから、ある程度の仕事が出来ていたんですけど、だんだん仕事が出来なくなって、何年かすると、だんだん仕事を休むようになって、稼ぎが少なくなって、女房も働かざるを得なくなってきたわけですよね。
 
 その頃はよく言ってましたね、「俺は、ちゃんと稼いでいるのに何で金が足りないんだ」って。女房からよく言われていたんですよ、「お金が足りない」って。実は、飲み代にほとんど消えてね。もらった給料を全部、家に持って帰るわけじゃないから。だから生活も、どんどん苦しくなって、いつの頃からか女房も小さい子供を保育園に預けて働きにいかなきゃならなくなって、子供が3人――結局、自分には子供は2年おきに3人、生まれたんですけど、みんな女の子でね。3人になっても、家のことを手伝うわけじゃないし・・・女房は大変だったと思いますね。小さい子供を3人も抱えた上に、吞兵衛(のんべえ)のどうしようもないオヤジがいて・・・だんだん、仕事も出来なくなってね。
 
 自分の病気が進行していくのと同時に、いろんなところに影響が出てきましたよね。経済的な面とかね。その当時、よく言われてましたよ、「お父さん、お酒を飲んでもいいんですよ。飲むのは構わないんですけど、どうしてそんなにワケが分からなくなるまで飲んじゃうんですか?」って。
 
 その辺からですよね。当時は、病気のことも分からないし、ましてや病気のこともコントロール出来ない、なんていう知識もないしね。
 
 確かに、自分でも飲み過ぎるっていうのは結構、早い時期から自分でも気付いていて・・・28,9だから30歳前ですよね。「どうも自分の飲み方はおかしい」って自分でも気付いてはいたんですよね。
 
周りの人と比べても、「どうして自分はいつも飲み過ぎちゃうんだろう?」ってね。
 
家族からもそういうことを言われるようになって。やっぱり飲み過ぎているんだ、ってことは自分でも分かっているから、じゃあ飲み過ぎないように何とかしようってね。
 
 その辺から、いろいろやり始めるわけですよ。ビックブックの第3章に書いてあるようなことをね。要は飲み過ぎちゃうから、なんとかコントロールして飲み過ぎないようにしようってことですよ。
 
女房とも約束するわけですよ。外で飲むからいけないんだから、今度は家だけで飲むとかね。だけど、家だけで飲んでも飲み過ぎちゃうわけですよ。じゃあ、今度は杯数を決めて飲もうとか、1日に3杯までにしようとか、最初は思っていたわけですよ。
 
 当時は日本酒を飲んでいましたから、日本酒を3杯――3合までにしようとかね。
 
 当時は、その倍の量を飲んでいたわけですよ。まあ、記憶が曖昧(あいまい)だから、もしかするとそれ以上とかね。
 
 一応、そうやってみるけど3日が限度でしたね。3杯飲んでも、酔った気がしない。もっと飲みたい、というのがもっと酷くなるわけですね。いくら自分で決めてやってみても、もう一杯飲みたい。「自分で決めたことなんだから」と思うんですけど3日過ぎると「もう一杯くらい大丈夫だろう」っていうのが始まっちゃうんですよね。そうすると、もう一杯が、またもう一杯になって、あっという間にまた元に戻っちゃう。
 
 それで日本酒だから悪いんだろうとかね。まったく第3章に書いてあるようなことはほとんどやっていますよね。ウィスキーにしようとか、焼酎にしようとか・・・。でも酒の種類を変えてみても同じことなんだよね。ウィスキーでも、ボトルに印をつけて、1週間に一本飲もうとかね。でも、最初から駄目ですね。最初の日から、印まで飲んでも「足りない、もうちょっと」ってことになるわけですよね。でも一応、家族の手前、ボトルに引いてある線にそろえなきゃいけないから水を足して・・・結局、そんなことを約束しても守れないんです。最後は、水を飲んでいるようなことになってね。
 
 色んなことをやってみたけど、どんな約束をしても、自分で決めても、守れないわけですよね。もう一杯、もう一杯というのがいつもあってね。「おかしいな?何で自分はこうなんだろう?」とか当時、思ってましたけど。完全に病気の症状なんですよね。
 
 病気がどんどん進行していくにしたがって、家族に迷惑をかけましたね。そのうち女房が働くようになって、子供のこと、家のこと、学校のこと、すべて女房がやるわけですよね。
 
 それで、たまに女房から言われますよね、「お父さん、私も一人で大変だから、たまには子供の世話をしてください」とかね。
 
 だけど、そういうのを一切、受け付けなかったですね。「うるせえ、この野郎」ってね。
 
「俺はお前たちを食わせてやってるんだ」とかね。
 
 そういう状態になっても、自分はそういう考えで・・・だから、子供たちにも、ずいぶん傷ついたと思いますよね。自分自身が、酒飲みの親父の家に育って、自分の家族には、自分が味わったような思いを絶対にさせたくない、って思っていたんですけど、いつの間にか同じ事をやって、それ以上の思いを女房や子供にさせていましたね。自分が嫌だったように、子供たちは自分以上の苦しみを味わったと思いますね。
 
 子供たちは何も言わなかったけどね。今になって考えると、本当に辛い思いをさせたというか・・・そう思いますよね。
 
 それで、そういうことで家族をはじめ、職場の人たちとか、飲み友達とか、兄弟もそうですよね。
 
 ある時、女房が、俺の実家に電話したことがあってね。「もう私の手には負えませんから、引き取ってください」って。
 
 当時は「何を言っているんだ、この野郎!」って。自分では、何でそんなことを言われるのか分かっていなかったからね。そのときは怒りましたね。怒ってどうしたかって言うと、飲んで・・・そういうことですよね。どんどん進行していって、いろんな人に迷惑をかけましたよね。
 
 そんな中で自分が記憶しているだけの、迷惑かけた人、傷つけた人を書き出したわけですよね。とりあえず、自分が記憶している中で、200人――その中には、名前とかも分からない、覚えていない人とかも含めて、それ位はありましたね。それだけじゃなくて、最初に言ったような、電車の中での事もありましたよね。そういえば、小便とかもよくしてましたよ、電車の中で。今はトイレとかついてますけど、当時はなくて、連結器のところでとかね。そういうことを考えると、数えきれない程ですけど、自分が覚えている中で200人くらい。家族、親兄弟、友達、職場の人、隣近所の人たちとかね。
 
 そういうのを書き出してみたら、「これは簡単なことじゃないな」と感じましたよね。
 
友達とかもずいぶん、迷惑をかけていて。
 
 埋め合わせって言うのは、ただ「飲んで、迷惑をかけたね」って謝ることじゃないんだってことに気付きましたね。
 
 普段はあまり関係のない友達とか、職場の人たちとかに埋め合わせに行ったときに、「酷かったけど、それ程じゃないよ」とか、他人様は言ってくれますよね。だけど一番、やっぱり深いのは家族ですよね。本当に深いところで傷つけているからね。
 
 それまでもね、「もうやめます」とか、「今度こそ、いい加減にします」とか、何回約束したか分からないわけでね。その都度、約束を破っちゃうわけですよね。今考えてみてね、自分で約束することも、自分の気持ちとしては嘘じゃないんですよ。本当は、そうしたいんですよね。でも結果的には、飲んじゃうわけだから、約束を守らない、嘘つきになっちゃうわけですよね。だから、どんどん信用を無くすって言うか・・・家族に対しても、友達に対しても。飲み友達とかも「お前と一緒に飲むのは嫌だ」とかね。結果としてそう言われるようになっちゃうわけですよね。
 
 それを謝るときは、他人様の場合は謝ったくらいでもいいかも知れないけど、家族はそれくらいじゃ信用してくれないし、納得してくれないですよね。
 
 だから自分は、家族に対する埋め合わせは一番大変だと思うんですよね。これは、ただ言葉で謝って済むような問題じゃなくて、要は自分が――今もそれは続いていると思うんですけど――一生かかって、いかに自分が飲まないで、今まで迷惑をかけたり傷つけたりしたことをしない生活を続けている、そういう姿を見てもらって、少しずつだけど信用してもらえる。そうするしかないんだな、ってことを感じましたね。
 
 言葉で「ごめんなさい」とか、そういうことで済む問題じゃないんだ、っていうことをね。子供たちなんかもね、昔、酒を飲むと子供たちの貯金箱をね――お小遣いとか、お年玉とか大事に貯めていたお金を盗んで、飲んじゃったんですよね。子供たちは何も言わないんですけど――多分、女房には言っていたと思うんですけど、自分には何も言ってこなかったけど、それだけに余計、後から、それだけのことをやってきた自分は、相当な傷つけ方をしてきたなって思います。
 
 家庭の中でそういうトラブルが起こるってことは、子供たちからしても安心していられる家庭環境じゃないわけです。AAに来てから、仲間の話で気が付いたことが一つあって・・・それは仲間が、「自分の息子が登校拒否になっちゃった」という話をしてくれて、最初はそれが自分のせいだとは思わなかったけど、今考えてみると、完全に自分の飲酒が原因で、子供たちがいじめにあったりして、結果的に登校拒否になっちゃった、という話をしてくれてね。そういう話を聞いたらね、「自分はそんなことはない」と思っていたんだけど、その兆候があったのを思い出しましたね。
 
 一番下の子供が、小学校1年か2年でしたか、自分が一番ひどい頃――仕事にも行かず、家で朝から晩まで飲みっぱなしの状態だったんですけど――ある朝、「お腹が痛い」って言い出してね。「学校に行きたくない」って言い出したんですよね。でも、そういう状態なのに、女房も働きに行っちゃって、家の中には自分一人なんですよ、そういう状態でね。だから、家にもいられないってことでね。「お腹が痛い、学校に行きたくない」って言って、学校じゃなくて女房の職場に行った、ということがあったらしいんですね。お腹が痛くても、家にはいたくなかったんですね。
 
 小さい子供が女房の職場まで歩いて――結構、時間がかかるし、距離もあるんだけど、行ったという話を後から聞いてね。自分にもそういうことがあったんだって。仲間の話から気付かせてもらって。幸いにして、自分の子供は登校拒否にはならなかったけど、それに近いことはやっていたんだなって。
 
 間もなくして良かったのは、私が入院になっちゃったんですよ。だから子供たちも、登校拒否までいかずに済んだと思うんですけどね。本当に、思わぬところで影響を与えているって言うかね。そういうのをAAのミーティングの中でいろいろ気付かせてもらいましたね。
 
 その中で、やっぱり埋め合わせは、していかなきゃならないけど、友達なんかは「迷惑かけて申し訳なかった」って言えば、とりあえず受け入れてもらえるんだけど、家族の場合はそうはいかないですよね。
 
それは、自分自身の中で一生かけて償っていかなきゃいけないんだろうな、っていうのを気付かせてもらいましたね。
 
 いまも埋め合わせは進行中で段々、飲まない時期が続くにつれて、ある程度、安心してくれるようになったし、受け入れてくれるようにもなったしね。やっぱり、時間がかかったなってね。
 
 でも、幸いウチは女の子だったからね。普通、男の子だったら反抗して、親父をぶん殴ったり、ということかも知れませんけど、そういうことは無かったから。でも、余計、苦しいですよね。
 
 でもそういうのを、当時の自分は気付きませんでしたけど、後になって考えてみると、本当に傷付けたなって。さっきの貯金箱の話も、3人の子供がいてその全部の貯金箱から飲んじゃいましたからね。
 
 最初はいくら狂った頭でも、「これはマズい」と思いますよね。大事に貯めているものを、「これだけはマズいな」って思うんですよ。だけど、それより強いのは・・・結局、それをやったのは――そのころ、借金をしたりして飲んでいたんですけど、サラ金とかの借金を、女房がお金を工面して整理してくれたんで、それまでの借金は無くなったけど、もうこれ以上は借りられなくなっていた。それで家中、引っ掻き回して、「そうだ、子供の貯金箱から」ってなっちゃった。「そんなこと、いくら何でも駄目だろう」と最初は思いましたよ。
 
 でも、少し・・・「少しだけ」っていうところから始まって、結局、3人の貯金箱の分、全部、飲んじゃいましたね。あれはきっと、凄く傷ついたろうと思いますね。
 
 そういうことで、埋め合わせのリストを作って、まだ全部埋め合わせが出来たわけじゃないんですよね、自分は。
 
 さっき話した職場で口を利かなくなった人とかも、本当は真っ先に行って謝罪したい人なんだけど、調べても仕事は変わっちゃって、住所も分からなくなってるんだよね。
 
でも、よく言われることですけど、そういう機会は神様が与えてくれるということなので、いつか偶然、その人に会えるかも知れない。だから、その時のために心の準備をちゃんとして、ちゃんと謝る、そういう気持ちは常に用意しておかなきゃならない。そういう人は、他にも何人かいるんですけどね。そういう機会があったら、いま本当に、心から謝罪して――いくら「病気だから」っていっても相手はそういうことを理解してくれるわけじゃないから、真心からの謝罪が出来るっていうことは、いつか機会が与えられたら必ずやらなきゃっていう心構えは、常にしていかなきゃならないなって、いま思っているんですね。
 
 だから、まず自分が人に迷惑をかけたり傷付けたりしているんだってことを、ちゃんと認めて、受け入れて――当初は「相手が悪いからこうなっちゃったんだ」と思っていましたけど、よく考えれば全て自分の問題ですよ。病気とは言ってもね。お酒も原因の一つだけど、自分自身の、そういう生き方、考え方が原因だったわけだから。健康的な心で、真から謝れるような自分に、今はそういう生活を常にしていかなければならない、という風に自分はいま思っていますよね。
 
 家族も成長して、いまは孫までいる状況で、特にわだかまりもなく普通に受け入れてもらっているんですけど、女房もずいぶん時間はかかりましたけど、やっと安心していられるようになったんじゃないか、と思いますよね。
 
 だから、埋め合わせって言うのは――まだ出来ていない人も何人かいるんですけど、そういう機会がいつか偶然与えられたら、心の底から「申し訳なかった」っていうことを言えるようにさせてもらったのは、やっぱりAAプログラムのおかげなんですね。
 
 そういうものに巡り合えたことに、いま、感謝しています。
みのわマック

施設種別:障害福祉サービス自立訓練(生活訓練)事業所
事業所番号:1311701377
〒114-0023 東京都北区滝野川7-35-2
電話:03-5974-5091
e-mail: minowamac@japanmac.or.jp
みのわマック
障害福祉サービス
自立訓練(生活訓練)事業所
事業所番号:1311701377
〒114-0023
東京都北区滝野川7-35-2
電話: 03-5974-5091


コンテンツに戻る