yamamoto - みのわマック

みのわマック

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2004年 みのわマック 26周年感謝の集い
 
◎山本晋一 元施設長の話(スライドを見ながらみのわマツクの説明)
 
〇マックの発展について
 
・・・女性達は女性達の施設でやっていくのが良いだろうと、そこで皆さんお分かりのように、 初め僕たちが出会う仲間が、僕が分かりやすく云うとね、サラリーマンの人だとか大学卒だ ったらね、あんなところは行かなくなっちゃった、AAとかね。だけど自分に近い人がいた んですよ。職工さんだとかね。初めは違いを探すでしょ。だからやはり同じような人達の集まりの方が入りやすいじゃないですか。
 
極端に云えば女性は女性クローズド、もちろん男性でも山なら山谷で土方やっていた、飯場やっている人の方が話しが通るから、山谷グループ、山谷マックのーつになっていった。 そういう事では今、考えてみるとグループもカラーがありますよね。例えば家族の多いグル ープとか、単身者が多いとか、そういう事を初めの頃は考えられたんですね。皆がなるべく 入りやすい環境、だからマックでも「グループどっか行きなさい」って若い人は若い人が多 いとか、その辺は少し選ぶことが出来るのかな、という事が1つありました。
 
宿泊も始まった、でもその宿泊施設もですね、この頃は助成金もありませんから、献金で やっていたのでだんだん金が無くなっちゃって(笑)出来なくなっちゃったんですよね。
 
明日の金も無い時があるんだよね。本当にシスター達も苦労したんだよね。そういう風に やっていきながら日本の全体のマックがこれじゃやっていけない、という事になって、それぞれ、大 阪、名古屋と自立的にしていこう、ってなったのね。そういう事がだんだんと今ね、各地方 でやっている各施設が分かれていきました。
 
地域的な事があるんで、3回ミーティングやってもね、例えば郡山で3回やって、と云っ ても難しいですよ。だって電車が早く無くなっちゃうんだから。だから福島のミーテイング に行くと6 : 30から始まっているよね。それで8時に終わる。オレも何回か行ったんです けどね。やっぱり地域の状況をみないと、東京では出来るけれど他ではそこの状況でプログ ラムを考えることは大事な事かも知れないですね。ある程度、状況に合わせていくのは1つ の経験かも知れない。
 
〇「三ノ輪マック」 から 「みのわマツク」 へ
 
これはおかげ様で15周年になりました。これは滝野川に移ってくる事、それともうーつ 荒川区のマックにいる時に、献金だとかの経済的な事とか、いろいろな事になっていった時 に、今の「ジャパンマック」 というNPOの理事会になったんですけど、その前に今もご苦労している荒井さんだとか武澤さんとかにお願いして運営委員会をお願いしたんですね。 外の人達からの手助けで場所を探す。老朽化したので大家さんが建て直しをしたいという 事と、15周年という事でそれをやろう、とそこから始まったんですね。その時にサンパー
ルを借りて、「ミニーさん」 をお呼びして「照子さん」  もお呼びして始まったんですね。で すから北区に移った事は今の「みのわマック」の大きな成長の始まりです。これは僕もすご く感謝していますし、良かったと思っています。
 
北区に移って来てですね、ここですごく大事なことだったのはお金が無いこともあった んですけど、今の「支える会」の人の協力とかで、経済的にも考えていただいたりした中で、 精神障害者の共同作業所の助成を受ける事で、今日来ているんだけど「仲間の家」とか「SUN 作業所」とかアルコール施設連絡会でソフトボールとかやったと思うけど、助成金をいただ いていたんですね。「みのわマックも歴史があるんだから北区にお願いしたら」という事に なった。
 
北区の、これは精神障害の「あゆみ会」とか「飛鳥会」とか施設があるんですよ。6つくらいね。そこでもマックが助成を受ける事を喜んでくれて、自分たちの事も教えて下さって、 「みのわマック」も助成を受けることが出来た。それが大きなスタートになった。
 
だって金がなきゃやっていかれないもんね。やっていかれなきゃ皆も呼べないでしょ。や っばりそこですよね。恩に着せる訳じゃないけどね、全然ね。やっばり母体がないと出来な いから、母体をしっかりさせるという事は大変な事だと思いますよね。でもそういうように アルコール依存症の人達の回復があるという事は理解してくれた。そこは大事な事だと思 います。それは一人一人がみんな力を出しているんですよ。
 
「あそこの酔っ払いが今、元気にやっているぞ」ってそういう情報が回って、依存症は回 復出来るんだな、というのはオレ達が一生懸命やってもダメでしょうね。皆がやっぱりソー バーをやっていく、という事が次に来る仲間の大きな手助けになるんですよ。だから責任は 持たなくてもいいけど、そこは大事にした方がいいと思いますよ。文句を云いに来たんじゃ ないですけどね。(笑)文句云ってるんですよ、(笑)いつもやられているからね。恨みがあ る。(笑)そうでもないか。(笑)――ちょっと冗談も入れておかないとね。
 
そういう事で15周年、これはマックに変わる、助成金も受けることが出来て15年とい う歴史をね、この時は400人位集まって下さったんじゃないですかね。とても大きな集ま りで、僕も酒をやめて良かったな、と思う事のーつですよ。
 
もうーつ私の思いで云わせてもらうと、こんなに早く理解されると思わなかったですね。 「三ノ輪マック」で、とぼとぼやっている時期には。
 
皆さんのわかっている通り、ハイヤー パワーというのは努力していればどこかで何かを与えてくれる、という事を再確認してい ることもありますよね。
 
 
〇保健文化賞の受賞について
 
これは「みのわマック」で「保健文化賞」といって、これも私達の力と云うよりも運営委員会の荒井さん達とか力を出してやって下さって、これにはざっくばらんに500万円の賞金が付いているんだよな。500万円が欲しくて一生懸命やったんだ、本当は。(笑)
 
でもやってみたら、これはすごいメッセージになった。受ける事が出来て、第一生命の大
きな会場で授賞式があったのね。「アルコール依存症、みのわマック」って。
 
皆一斉にアルコール依存症ってどんな顔して出てくるのかな?って。
 
こっちは妄想だけどその時、竹内先生がね「山本さん、あそこへ行ったらね、胸を張って 行きなさいよ」って。威張るわけじゃない、あんまり高慢になるとひっくり返っちゃうけど、 依存症でも大丈夫なんだ、という事なんですよ。そういう事で受賞を受けて、その後にもう 二度とないかも知れないけど天皇陛下と美智子妃殿下に会いに行ったんですよ。この団体が。
 
何とかの間、とかでしばらく待たされて、もらった団体が10いくつあって 天皇陛下と美智子妃殿下が本当の先まで来てくださって 「皆さん大変な事をされてご苦労さまでした」と云われて、そういう出会いがあってね、オレも精神病院の保護室にいる時に美智子妃殿下に会えると思えないじゃないですか、夢にもね。(笑)それもーつはソーバーというのはそういうもんなんだな、という、そういう事を僕には与えてくれた、だからお酒をやめていて良かった、というかな、飲まないで生活していこう、という力にも数多くなっている事は事実ですね。そういう事で保健文化賞をいただく事が出来ました。
 
 
〇20周年記念大会について
 
20周年にはミニーさんに来てもらいました。この時シスター照子はグアテマラにいたん ですよね。グアテマラから来てくださって、僕もグアテマラに行ったんですよ。やっぱり貧 乏な所は貧乏なのね。子供なんかも目を悪くしちゃうと薬がないから何日も治らなかった りしてね。本当に昔の日本を、よく知らないけど人生50年というかな、そんな感じでね。 でもすごくみんな元気で。織物はすごくいいものがあるんですよね。だけど交通機関がない でしょ、山岳地帯だから。どこかに集まるのに朝3時に起きて来るとか、歩いてくるんです よ、皆。そういうふうに集まるところなんです。
 
 シスター照子達は離れている人の交流を作っていく、それからもう少し分かったのは女性達はすごく人権がないの。昔の日本みたい。だから女性たちが自分を大事にする、婦人会みたいなものを結成しながら、こういう織物をやっているのは皆、女性達ですからね。娘さんとか。こういうものを日本に来て売れないか、と云われたんだけど商売が下手だから僕にはそれは出来ないけどね。やっぱり良いものなんですね。「みのわマック20周年おめでとう」 ってグアテマラの言葉で書いてくださって、それをもらった事ですね。
 
〇ジャン・ミニー神父について
 
  これはですね、ミニーさんは神父なので、神父らしくない神父なんだけど、僕たち皆でね、 支える会の人達も選んで、神父さん達の商売道具ですよね、肩にかける、それをお贈りしたものです。それを渡してくれる事でミニーさんに感謝、という事で。
 
  ミニーさんの言葉を思い出して云いますけどね、彼は犬とか蘭の花が好きなのね。オレ達が「小遣い集めて蘭を送ろう」って送るでしよ、そうしたらこう云うんだよ。
 
「ありがとうございます」 って云うんだけどね、「私には何もいらない、あなた達の回復
が私への贈り物だ」って云うんだよ。なんか義理欠いちゃってね。蘭もらったんだよ。
 
だけど今考えてみたらその言葉は大事な言葉なんだな、と思ってね。「皆が良くなること で私へのすごい贈り物だ」って。だからこの時のメッセージもそうでしょ。自分でやり始め たことがこういう風にみんなの力になっていくという事は本当にありがたい、という事を ね、メッセージに書いて下さっています。
 
ミニーさんとの縁は死ぬまであると思っています。ここで余談な話しをしちゃうけどミニーさんとか、古いメンバーと云ったらおかしいんだけど年寄りで集まりましょう、というので今年の夏にハワイでワイキキのこっち側に「カイマナビーチホテル」 って小さいんですけどね、「ニューオータニ」 系列のホテルがある。そこが好きなんですよ、彼がね。海辺の所にレストランがあってね、「そこで集まろう」 という事になって、去年も何人かで集まって。今度は「仲間として」というのもあるけれども、それ以上のものも感じています。
 
だから これから色々な事があっても遠く離れているけれどもね、飛行機でも行ける訳だから交流していこうと。僕が云いたいのはAAで「酒をやめる」ことから始まって、それが段々とね、 人間関係が(今日びっくりしたんだけど兄弟が来ているんだけどね)兄弟以上のものですよ。
 
これは兄弟達がどうのこうの、家族がどうのこうの云うんじゃないけれど、依存症というの は本人じゃないとわからないんですよね。わかるというのはやっばり大事な事ですよ。 だからそういうことで云ったなら、ミニーさんだけじゃないけど皆さんとのこういう関り は絶対に大事なものだと僕は思っているんですよ。
 
 
〇人間が変わるんだよ!
 
最後に云うつもりだけど、もう云っちゃうけどね、オレこの仕事をしていて良かったと思 うよ、本当に。だって多くの人と――嫌な奴とも会ったけどね(会場笑)―― でも嫌な人が良くなるんだから。それなんだよ。
 
保健文化賞の時に厚生省でね、「あんたのところ何やってるんですか」ってね、「何がある んですか」ってね、云うんだよ。
 
それでオレはカッとしちゃてさ、「人間が変わるんだよ!わかんねえか!」って。(会場笑)   という事は、酔っ払いのひどい人間がプログラムをやって、みんな市民権を得ていくんだ、 って。その一言だよ。「あと文句あるかこのヤロウ!」って。そんな事は云わないけどね。(会場笑)。
 
本当にね、オレはシュンとしてね。「あ!そうだ一番大事な事を云ったな」と思ったんですよ。
 
人間が変わるんですよ。
 
だって病気になっちゃった状態を、プログラムで回復するという事は、人間をいい方向――と いっても神父さんのようにならなくて良いんだな。オレはよく云うんだけど下町だからコロッケかじって歩いたっていいんだよ、謙虚さがあれば。そういう感じなんだよ。
 
そういうふうになっていけるプログラム。その為にオレたちは飲んで酔っ払って苦労したと思うんだよね。あのまんま死んだらね、オレだって納得いかないよ。でもやっぱり今だったら納得いくよ。だって病気でああなったし、家族にも兄弟にも迷惑をかけたんだな、と今はわかっていますよね。
 
だって酔っぱらって 「何てダメな人間だ」 って精神病院の中にいた訳でしょ。
 
あのまま死んだら納得いかないですよ。だから自分の病気をステップでだんだん話していく、これを話すと長くなるのでもう止めますけどね。(笑)はい、次に行って下さい。
 
 
〇「みのわマック」 のプログラムについて
 
これはマックで今もやっているんですけど、本木荘という施設と交流したり、西新井橋の河原でソフトボールをやっています。これにはリブの人も加わって、本木荘の人も協力して下さって月1回しています。時々、足を折る人もいるんでね(笑)、気を付けて。あそこにいるんだけど。(笑)
 
さっきも云ったように健康的に遊ぶことも大事な事だからね。
 
これは調理プログラムで、滝野川文化センターで調理をしています。月1回ですかね。 食べることを大事にする事をあまり自分で感じていないかも知れないけど、自分で作るこ とをね、少しでも出来ればいいんじゃないか、という事と350円の材料費で皆で作ったり して、この間はチャーハンとか何か作ったりして、食事をして帰ってくる。この中でもコミュニケーションがあったりね、これは面白いですよ、僕が見ててもね。
 
この前、見ていた人はチャッチャッチャとやっちゃうんだよね。それで全然やらない人も いるんだよね(笑)そこら辺のバランスだよね(笑)。
 
だから 「教えてあげる」 だとかさ、「教えて下さい」 とか、そういう事もね、大事なことだと思いますよね。仕事に行っても皆とのバランスをとるとか、それも12ステップの中に 入っていると思いますよ。
 
 
〇三ノ輪から北区滝野川に移った最初の建物
 
 これは滝野川のマックですね。先程云ったように15年経って、ここにも縁があったんで すよ。三ノ輪マックを出る時に、いろいろと探したんですよね。でもね、アルコール依存症 とか中毒というと大体、みんな横を向いちゃうんですよ。不動産屋さんも。オーナーの人に 聞くとね、「イヤー」って感じなのね。
 
だけど三ノ輪マックもそうだったんですけど、中、は理解してくれる人もいる。ここは正直な話、アラノンの人がここの家主さんだったんですね。ここはアノニマスだから云っちゃいけない事を云っているんだけど、ここの旦那さんが本人なんです。そして病院に入って「三ノ輪マック」に来たんですよ。後から聞いた話。
 
それでグループにもつながって何年かソーバーしていたんだけれどもその後、身体を悪くして亡くなったんですね。それで4年位空いていたんですね。だけど大家さんが「もし良かったら使ってください」 という事で貸して下さったんですよ。
 
それで10年間。 面白いのが、そこが昔、調理師の紹介所をやっていたのね。それがね「サンワ」っていうの。 丸に和なんだよな。「みのわ」と似ているでしょ。オレだけ妄想やっているかも知れないけど(笑)。
 
そういう事で、やっばりここにもご縁があって貸していただいて、この10年間いろいろな形でやってきました。
 
 
〇みのわマック25周年記念・感謝のつどい
 
これは25周年、去年ですね。この時にみんなで寸劇なんかしてますよね。
 
 
〇夏季宿泊研修 毎年、江の島へ行っています。
 
 
〇米国「ドーンファーム」ジェームズ・バルマー氏を招いてセミナーを実施
 
これはバルマーさん、ミシガン州の「ドーンファーム」の所長さんで本人ですね。
 
彼が来て、 僕たちも随分、力をもらいました。ご招待で日光の華厳の滝に行ったのね。ジョーも一緒に 来てくれて。
 
 
〇「ドーンファーム」 より女性スタッフを招いてセミナーを実施
 
これは女性のプログラムでケディさんとブレンダさんが来て、女性達のセミナーをやっ てくださって、その後に着物をお送りしました。彼女たちも本人でソーバーが10年以上の 方ですね。
 
 
〇山本施設長の退任祝い
 
これが私、最後のですね。皆さんに「ご苦労さん」という事で焼き肉屋でね、支える会の 人たちにやっていただいて、しました。花束ももらいました。皆に集まってもらいました。
 
以上です。最後に、いくら時間があっても足りなかった位なんですけど、本当に長い間あ りがとうございました。私も、今日お話した中にずっと居させてもらって、大変な事もあっ たり、いい事もあったりしましたけど、こうして生き永らえた、「生きられた」という事は ありがたい事だと思います。これからもお手伝いするので、皆さんと一緒にやっていきたい と思います。今日はどうもありがとうございました。(拍手)
レだって納得いかないよ。でもやっぱり今だったら納得いくよ。だって病気でああなったし、 家族にも兄弟にも迷惑をかけたんだな、と今はわかっていますよね。  だって酔っぱらって 「何てダメな人間だ」 って精神病院の中にいた訳でしょ。 あのまま死んだら納得いかないですよ。だから自分の病気をステップでだんだん話してい く、これを話すと長くなるのでもう止めますけどね(笑)はい、次に行って下さい。 〇「みのわマック」 のプログラムについて  これはマックで今もやっているんですけど、本木荘という施設と交流したり、西新井橋の 河原でソフトボールをやっています。これにはリブの人も加わって、本木荘の人も協力して 下さって月1回しています。時々、足を折る人もいるんでね(笑)気を付けて。あそこにい るんだけど(笑)さっきも云ったように健康的に遊ぶことも大事な事だからね。  これは調理プログラムで、滝野川文化センターで調理をしています。月1回ですかね。 食べることを大事にする事をあまり自分で感じていないかも知れないけど、自分で作るこ とをね、少しでも出来ればいいんじゃないか、という事と350円の材料費で皆で作ったり して、この間はチャーハンとか何か作ったりして、食事をして帰ってくる。  この中でもコミュニケーションがあったりね、これは面白いですよ、僕が見ててもね。  この前、見ていた人はチャッチャッチャとやっちゃうんだよね。それで全然やらない人も いるんだよね(笑)そこら辺のバランスだよね(笑) だから  「教えてあげる」 だとかさ、「教えて下さい」 とか、そういう事もね、大事なこと だと思いますよね。仕事に行っても皆とのバランスをとるとか、それも12ステップの中に 入っていると思いますよ。 〇三ノ輪から北区滝野川に移った最初の建物  これは滝野川のマックですね。先程云ったように15年経って、ここにも縁があったんで すよ。三ノ輪マックを出る時に、いろいろと探したんですよね。でもね、アルコール依存症 とか中毒というと大体、みんな横を向いちゃうんですよ。不動産屋さんも。オーナーの人に 聞くとね、「イヤー」   って感じなのね。だけど三ノ輪マックもそうだったんですけど、中に は理解してくれる人もいる。ここは正直な話しアラノンの人がここの家主さんだったんで すね。ここはアノニマスだから云っちゃいけない事を云っているんだけど、ここの旦那さん が本人なんです。そして病院に入って「三ノ輪マック」に来たんですよ。後から聞いた話し。 それでグループにもつながって何年かソーバーしていたんだけれどもその後、身体を悪く して亡くなったんですね。それで4年位空いていたんですね。だけど大家さんが「もし良か ったら使ってください」  という事で貸して下さったんですよ。それで10年間。 面白いのがそこが昔、調理師の紹介所をやっていたのね。それがね「サンワ」っていうの。 丸に和なんだよな。「みのわ」   と似ているでしょ。オレだけ妄想やっているかも知れないけ
ど(笑)そういう事で、やっばりここにもご縁があって貸していただいて、この10年間い ろいろな形でやってきました。 〇みのわマック25周年記念・感謝のつどい これは25周年、去年ですね。この時にみんなで寸劇なんかしてますよね。 〇夏季宿泊研修 毎年、江の島へ行っています。 〇米国「ドンフアーム」ジェームズ・バルマー氏を招いてセミナーを実施 これはバルマーさん、ミシガン州の「ドンファーム」の所長さんで本人ですね。彼が来て、 僕たちも随分、力をもらいました。ご招待で日光の華厳の滝に行ったのね。ジョーも一緒に 来てくれて。 〇「ドンファーム」 より女性スタッフを招いてセミナーを実施 これは女性のプログラムでケディさんとブレンダさんが来て、女性達のセミナーをやっ てくださって、その後に着物をお送りしました。彼女たちも本人でソーバーが10年以上の 方ですね。 〇山本施設長の退任祝い これが私、最後のですね。皆さんに「ご苦労さん」   という事で焼き肉屋でね、支える会の 人たちにやっていただいて、しました。花束ももらいました。皆に集まってもらいました。 以上です。最後に、いくら時間があっても足りなかった位なんですけど、本当に長い間あ りがとうございました。私も、今日お話した中にずっと居させてもらって、大変な事もあっ たり、いい事もあったりしましたけど、こうして生き永らえた、「生きられた」  という事は ありがたい事だと思います。これからもお手伝いするので、皆さんと一緒にやっていきたい と思います。今日はどうもありがとうございました。(拍手)
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施設種別:障害福祉サービス自立訓練(生活訓練)事業所
事業所番号:1311701377
〒114-0023 東京都北区滝野川7-35-2
電話:03-5974-5091
e-mail: minowamac@japanmac.or.jp
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